アニメ『天元突破グレンラガン』について、個人があれこれつづるブログです。オフィシャルとは関係ありません。
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グレンラガンの、数々の納得できない部分を自分に納得させるために、いろいろ読んだり書いたりしてきたけれど、もうその必要がないんじゃないかと思うぐらい、小説第4巻で納得しました。堪能しました。本当にありがとうございます中島かずきさん。
ネタバレです。ネタバレします。いいですね?
未読の方は回避してください。
そして今すぐ買って読んでください。お願いします。
あとめちゃくちゃ長いです。興奮のあまり文章も乱れています。注意してください。
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そして今すぐ買って読んでください。お願いします。
あとめちゃくちゃ長いです。興奮のあまり文章も乱れています。注意してください。
■そうだよね! 「ふざけないで」って教え子を切り捨てるような先生じゃないよヨーコは!!
ナキムへのいじわるを告白して泣くマオシャを、何も言わず抱きしめてあげるヨマコ先生。
『教え子達が「助けて!」と言う信号を出しているのを察知して救いの手をさしのべる。それも教師の大切な仕事だ。』と考え、ロシウを救うためにシモンの元へ向かうヨーコ。
そうだよ「シモンとかデコ助とかギミーとかダリーとか、ガキども」は、ヨーコの最初の教え子であり、結婚して子を為すことのなかったカミナとヨーコが一緒に守り育てた子どもたちだったんじゃないか。
バトルシーンはなくなっちゃったけど、先生としてのヨーコはTVよりぜんぜんカッコイイ。
■リーロンがロシウのやることに異を唱えなかった理由。一番厳しい時期に新政府をやめ、ロシウの用意したアークグレンに乗ったダヤッカに、葛藤はなかったのか?
正直、「人々を見捨てて自分たちだけ逃げた」のはロシウやキノンだけでなく、リーロン達も同じだったのに、なぜ彼らはそれほど苦しんでいないのか、あっさりと超銀河ダイグレンに乗っているのか、引っかかっていた。それが見事に払拭された!
そしてダヤッカへの、シモンやリーロンの信頼感! やっぱり艦長は彼でないと!
■3巻でダヤッカ一家の姿を見て安堵するキノンが描かれたが、4巻ではキノンのアナウンスを聞いて喜ぶキヤルが! ここ誤植だけど(笑)、もう許すよ! キノンとキヤルの和解って、TV版でなかったんだもん!
■合体時の避難区がどうなっていたかにも、ちらっと言及されます(笑)
■アークグレンラガン乗り捨て(笑)も、ちょこっとがっかりしていたので、小説版のこの展開はうれしかった! そうだよ、せっかくインフレ起こし始めたところで逆戻りしちゃだめだよ!!
■シモンがニアに「ごめん」って言った!!!!!
そうだよ、シモンがニアを「あれはもう俺の知っているニアじゃない」って言ったり、ニアを救いに行こうともせず、おとなしく牢につながれて脱獄の努力もしていないところに、違和感があったんだ。今なら言えます。TV版3部のシモン、かっこわるいよ!!!
小説版のシモンは「牢につながれたことで、自分を取り戻せた」「俺は一度彼女を見失った。アンチスパイラルのメッセンジャーとなった時、その心の奥で本当の彼女が助けを求めていたのに気づかなかった。」「俺はもうその過ちは繰り返さない。」って言うんだよ!
■TV版でロシウが「僕の魂の半分はまだあの村にある」っていうのも違和感があった。その言葉は小説版で削除された。代わって、地上解放後、ロシウはなぜすぐ里帰りしなかったのか、司祭様と再会しなかったのか、その後のアダイ村と司祭様の様子などが語られた。
司祭様、ロシウが信じたカミナを信じて50人の掟をやめていたのか……!
「お前はよくやった」も、TV版で見たときは、「でも自分の母親殺した男に『自分と同じことをよくやった。えらかった』って褒められて、ロシウは嬉しいのか?」と疑問だったが、小説版のマギンはきっちり自分の心情を吐露した後、「そんな男に言われても嬉しくないかもしれんがな、ロシウ、お前はよくやった」って言った!
■シモンがロシウをどう思っていたのか、2ページ近く使って語られた(笑)。
そうだよ、結果的にロシウがロージェノム・ヘッドを作っていたから勝てたのに、「ロシウが悪かった」「えぐいことを」で済ませちゃっていいのか疑問だったんだよ!
シモンはロージェノム・ヘッドを作ったこと等、ロシウのしたことを認めていた。それだけでなく、ロシウが自分の身を案じてグレンのパイロットになったことも、7年間補佐官としてがんばっていたことも、全部認めていたんだ。ようやくゲロとともに戦場に置き去りにされた9話のロシウが報われたよ! しかもヨーコと同じく、シモンはロシウの性格や考え方をよく把握している。そうだよね、だってずっと一緒に旅してきた仲間だったんだよ! アダイ村の事情も目撃していたんだよ! なのに一方的にロシウを悪者扱いするTV版のシモンやヨーコは、今なら言えるけど、おかしかったよ!!!
■シモンに死刑を求めた市民たちはどうなったのか。市民を置き去りにしてアークグレンを発進させたロシウは罪を問われなかったのか。そのへんも、簡単にだが、言及される。
自らの政策が失敗だったと多くの市民に知られても「それでも、そういう人々の不協和音をすべて受け止めて」地球復興を担う覚悟を決めるロシウ。
そうだよね、そこがないと、最終回でなんでこいつが大統領になれたのか、ちょっと疑問だった。
■自分に抱きついてきたキノンに「ただ呆然として肩の一つも抱いてあげられない」ロシウと、それをこっそり見て「情けない」と思う司祭様(笑)。
そうそう、TV版の、キノンを抱きしめるロシウにもちょっと違和感があったんだ。いつの間につきあってたんだ? と思って。
■キヨウとダヤッカのシーンも、TV版よりこっちが好きだ! キヤルの「男ってみんなバカ」がなくなっちゃったのは残念だけど。あと、「グレンラガンの世界ではキスしたらどっちかがいなくなる」法則が破られてよかったよかった(笑)。だからダヤッカやロシウはハグだけなのかと思ってた。
■「僕らはみんなあの人の、カミナさんの遺志を継いで生きている」と言うロシウ。
「グレン団の強さはシモンだけじゃない。」と思うギミー。巨大なドリルの先端にシモンがいて、仲間や人間や獣人たちがその後ろに続いてドリルが大きくなってゆく姿をイメージするギミー。
カミナの蒔いた種は、シモンだけに引き継がれたのではなかった。今だから言えるけど、カミナとシモンだけで仲良くしてたらそんなのただのBLじゃん。
2人の絆が、他の仲間たちを動かし、広がっていく。カミナの遺志が、末広がりの流れになって、次の世代へと受け継がれていく。
小説4巻では、カミナの出番はTV版と同じで多元宇宙のシーンにしかないのに、いたるところにカミナが感じられた。シモンやヨーコだけでなく、リーロンもヴィラルも皆、カミナを想って戦っていた。
■今だから言えるけど(笑)、TV版第4部のグラパール隊の扱いに、ものすっごく不満がありました!!!!!
顔も名前も出ないまま死んでいくだけ、キタンたちに「ヒヨッコたちを守る」という見せ場をつくるためだけに存在しているようなグラパール隊が!
小説版では、宇宙に出たのはギミーとダリーだけになった!!!
グラパール隊は残って地球を守ることになった!!!
あーよかったよかった。ついでに、グランゼボーマが地球を狙うところでただ見てるだけのTV版ロシウにも不満があったので、きちんとグラパール隊にスクランブルをかける小説版ロシウに激しく納得した。だって地球を守ると言ったならそのぐらいするだろ、ふつう。
■さらについでに、ギミーとダリーが一緒に行きたいと言って、年長者たちと話し合うところが、すごくすごくよかった!!!
ロシウが本当は一緒に行きたいのをシモンが察したり。ギミーとダリーがロシウを味方につけたり。シモン、ロシウ、ギミー、ダリーのつながりって、実はTV版ではほとんど描かれてなかったので、なんだか意外だった。
でも何より一番個人的にハマったのは、ダリーがキタンを後輩扱いするところ!!!!!
もう、二重の意味で楽しかった。
あの、ぬいぐるみ抱えたジト目幼女が、大グレン団の男どものことを「後から来たくせに大きな顔しやがって」と考えていたのかな? なんて想像すると、可笑しいし。
大グレン団になる前の「グレン団」時代、カミナが生きていた頃をダリーはずっと大事に胸に抱えていたのかな、と思うと、ぐっとくる。
単に、宇宙へ出たいがためのヘリクツなのかも知れないけど(笑)。
そしてダリーにムキになって皆に苦笑されるキタンがたまらなくいい。
■ゾーシィの過去エピソード追加、ギミーとジョーガン&バリンボーのエピソード追加、愛妻家マッケンさんなどなど、キタン以外の大グレン団の男どもにもついにスポットが当てられた!!!
子どものようにはしゃぎ回る楽しそうな男達の姿に涙。
いや、のたうち回る巨龍と格闘して、アーテンボローもそこにかんで、血を吐くようにシモンが叫んで、5人の思いが一致して……って、うわなにこれなんでこれ螺巌篇でやってくれなかったんだっ!!!!! 見たかったっ!!!!!
■キタンたちが折にふれ、この7年間の自分たちのふがいなさを反省する。「この七年うだうだやってた俺達だったが、最後に自分を取り戻せた。」ってキッドが言う。
シモンもロシウもキタンたちも、それぞれが反省して、その上で新しい道をつかもうと立ち上がる。古い道に戻る(1・2部の昔に戻る)ではない。
もう、そこんとこだけで涙が出る。
■「宇宙にでっかい裸の女」にヨーコが激怒!
ヨーコとニアの、女の友情!!!
そうだよね、女の人は怒るよね「宇宙にでっかい裸の女」って(笑)。グレンラガンは男の物語だと思っていたから、ちゃんとここで女の人の視点が描かれて、びっくりした!
■ヴィラルが何のためにグレンに乗っているのか、反発するギミーに説明する形で紹介された。そして、きちんと「螺旋力を持たないが故に」ヴィラルが活躍する場面も描かれた!!!
「俺は宇宙一打たれ強い男だ!」は、アーテンボローの「銀河一危険な砲手」と並んで、今回のツボでした(笑)。
■天元突破の名乗りの前に、これまでの合体の名乗りが繰り返されるところ。
このへんは小説という形式ならではの感動でした……
■TV版で、キヨウとキヤルが空を見上げながらダヤッカとシモンを応援するところが、すっごくすっごく納得いかなかった!!!!!
「お兄ちゃん」はどうした! まだ死んだこと知らないはずだろう!
この不満が小説版で解消されて、ほんとに泣くほどうれしいです。
■ニアがやがて消滅することが、皆に知られている。わかった上で、みんな、結婚式に参列していたんだね。だからそれほど泣いたり動揺したりしなかったんだ……
■TV版で、泣いている三姉妹やレイテ一家の前で、ウェディングドレスに歓声をあげるニアにかすかに違和感があった。
でも小説版ニアは、地球に帰ってからの貴重な時間を、人々への謝罪に当てていた!!!!!
「貴重な時間をそんなことに使わなくてもいいという世論もあったが、もちろん彼女はそんな言葉に耳を貸すことはなかった。」という文章に泣いた……。ああ、ニアだ……。
■TV版ではギミーに託されたコアドリルが、ロシウに渡された。
シモンの旅立ちは、TV版だと唐突な感じだったが、小説版ではシモンとロシウは事前に2人で何度も話し合っていた。
TV版だとシモンはやっぱりロシウを嫌っているのかなと思っていた。
今回、小説版で改変されて一番深く納得したのはここだった。
「1・2部の流れが3部で否定され、また4部で前半の流れに戻る」。
TV版はそういう物語に見えなくもない。
でも、じゃあなんで「女も宇宙も救う」と言いながら、ニアを助けられないんだ? 犠牲は必要と言うロシウ路線を否定しておきながら、キタンたちを殺すんだ?「無理を通して道理を蹴っ飛ばす」と言いながら、死んだ者達を生き返らせる道を拒むんだ?
そのへんが、納得いかなかった。
でも第4部は、3部を否定して前半に戻るのではなく、3部を乗り越えてさらに先へ進む話だった。
コアドリルがシモンからロシウへ渡され、ロシウももっとふさわしい者に渡すと誓うことで、第1部、第2部、第3部、第4部が、きれいにひとつになった、と思った。
一本、筋が通った。そう思った。
上から下へ、下から後へ、そして後の両脇には右左。横や近くにいる大事な人、多くの仲間に支えられ、進んでゆく大きなひとつの流れが見えた。
先端は細いが、後に行くにつれ太くなってゆく、ギミーのイメージしたドリルの形。
カミナに端を発した流れが、末広がりの大河となって次世代へ続いてゆく。
ヨーコがキタンに言う「シモンが上から引っ張って、あんたが下から押し上げて、そうやってここまで来れた」も2人だけの会話ではなく、ギミーが「僕もそう思いますよ」と賛同し、後にキタンがギミーに言う「後ろにお前らがいるから前に進めるんだ。シモンが上からひっぱって俺が下から押し上げてるとすりゃあ、それは俺の背中をお前らが押してくれてたからだ」につながってゆく。
■そして最終章は、TV版の「誰でもないか……」と自嘲する男と人の話を聞かない坊主(笑)の話ではなく、水汲みに苦労している村に黙々と井戸を掘り続ける男と、その仕事を熱心に見ている少年ボキーの物語。
グレンラガンにあこがれるボキーは、男と一緒に満天の星空を見上げる。その視線の先には星々と、ヴィラル艦長率いる超銀河ダイグレンと、ギミーとダリーが操るグレンラガン、グラパール隊。
■そう、今だから! 言えるけど!!
TV版で、ある意味主役というべき「グレンラガン」が、最後結局どうなったのか、よくわかんなかったんですっ!!!!!!!!!!
消えたのか? 壊れたのか? 地球に帰ってこられたのか?
ギミーがコアドリル下げてたけど、ギミーが乗るのはグラパールだよね???
でも、小説版で、ちゃんとオリジナルの「グレンラガン」が残っていて、ギミーとダリーが操縦者になったんだということが、はっきり確認できて、よかったぁ……
(訂正:最終話Cパートを見直したら、ギミーとダリーが振り返って見上げたのは、ちゃんとグレンラガンでした。「グレンラガンがいっぱいある」という言葉に惑わされて勘違いしていました。すみません)
……今のところもう、思い残すことはありません。
しばらくこの満足感を噛みしめていたいと思います。
ナキムへのいじわるを告白して泣くマオシャを、何も言わず抱きしめてあげるヨマコ先生。
『教え子達が「助けて!」と言う信号を出しているのを察知して救いの手をさしのべる。それも教師の大切な仕事だ。』と考え、ロシウを救うためにシモンの元へ向かうヨーコ。
そうだよ「シモンとかデコ助とかギミーとかダリーとか、ガキども」は、ヨーコの最初の教え子であり、結婚して子を為すことのなかったカミナとヨーコが一緒に守り育てた子どもたちだったんじゃないか。
バトルシーンはなくなっちゃったけど、先生としてのヨーコはTVよりぜんぜんカッコイイ。
■リーロンがロシウのやることに異を唱えなかった理由。一番厳しい時期に新政府をやめ、ロシウの用意したアークグレンに乗ったダヤッカに、葛藤はなかったのか?
正直、「人々を見捨てて自分たちだけ逃げた」のはロシウやキノンだけでなく、リーロン達も同じだったのに、なぜ彼らはそれほど苦しんでいないのか、あっさりと超銀河ダイグレンに乗っているのか、引っかかっていた。それが見事に払拭された!
そしてダヤッカへの、シモンやリーロンの信頼感! やっぱり艦長は彼でないと!
■3巻でダヤッカ一家の姿を見て安堵するキノンが描かれたが、4巻ではキノンのアナウンスを聞いて喜ぶキヤルが! ここ誤植だけど(笑)、もう許すよ! キノンとキヤルの和解って、TV版でなかったんだもん!
■合体時の避難区がどうなっていたかにも、ちらっと言及されます(笑)
■アークグレンラガン乗り捨て(笑)も、ちょこっとがっかりしていたので、小説版のこの展開はうれしかった! そうだよ、せっかくインフレ起こし始めたところで逆戻りしちゃだめだよ!!
■シモンがニアに「ごめん」って言った!!!!!
そうだよ、シモンがニアを「あれはもう俺の知っているニアじゃない」って言ったり、ニアを救いに行こうともせず、おとなしく牢につながれて脱獄の努力もしていないところに、違和感があったんだ。今なら言えます。TV版3部のシモン、かっこわるいよ!!!
小説版のシモンは「牢につながれたことで、自分を取り戻せた」「俺は一度彼女を見失った。アンチスパイラルのメッセンジャーとなった時、その心の奥で本当の彼女が助けを求めていたのに気づかなかった。」「俺はもうその過ちは繰り返さない。」って言うんだよ!
■TV版でロシウが「僕の魂の半分はまだあの村にある」っていうのも違和感があった。その言葉は小説版で削除された。代わって、地上解放後、ロシウはなぜすぐ里帰りしなかったのか、司祭様と再会しなかったのか、その後のアダイ村と司祭様の様子などが語られた。
司祭様、ロシウが信じたカミナを信じて50人の掟をやめていたのか……!
「お前はよくやった」も、TV版で見たときは、「でも自分の母親殺した男に『自分と同じことをよくやった。えらかった』って褒められて、ロシウは嬉しいのか?」と疑問だったが、小説版のマギンはきっちり自分の心情を吐露した後、「そんな男に言われても嬉しくないかもしれんがな、ロシウ、お前はよくやった」って言った!
■シモンがロシウをどう思っていたのか、2ページ近く使って語られた(笑)。
そうだよ、結果的にロシウがロージェノム・ヘッドを作っていたから勝てたのに、「ロシウが悪かった」「えぐいことを」で済ませちゃっていいのか疑問だったんだよ!
シモンはロージェノム・ヘッドを作ったこと等、ロシウのしたことを認めていた。それだけでなく、ロシウが自分の身を案じてグレンのパイロットになったことも、7年間補佐官としてがんばっていたことも、全部認めていたんだ。ようやくゲロとともに戦場に置き去りにされた9話のロシウが報われたよ! しかもヨーコと同じく、シモンはロシウの性格や考え方をよく把握している。そうだよね、だってずっと一緒に旅してきた仲間だったんだよ! アダイ村の事情も目撃していたんだよ! なのに一方的にロシウを悪者扱いするTV版のシモンやヨーコは、今なら言えるけど、おかしかったよ!!!
■シモンに死刑を求めた市民たちはどうなったのか。市民を置き去りにしてアークグレンを発進させたロシウは罪を問われなかったのか。そのへんも、簡単にだが、言及される。
自らの政策が失敗だったと多くの市民に知られても「それでも、そういう人々の不協和音をすべて受け止めて」地球復興を担う覚悟を決めるロシウ。
そうだよね、そこがないと、最終回でなんでこいつが大統領になれたのか、ちょっと疑問だった。
■自分に抱きついてきたキノンに「ただ呆然として肩の一つも抱いてあげられない」ロシウと、それをこっそり見て「情けない」と思う司祭様(笑)。
そうそう、TV版の、キノンを抱きしめるロシウにもちょっと違和感があったんだ。いつの間につきあってたんだ? と思って。
■キヨウとダヤッカのシーンも、TV版よりこっちが好きだ! キヤルの「男ってみんなバカ」がなくなっちゃったのは残念だけど。あと、「グレンラガンの世界ではキスしたらどっちかがいなくなる」法則が破られてよかったよかった(笑)。だからダヤッカやロシウはハグだけなのかと思ってた。
■「僕らはみんなあの人の、カミナさんの遺志を継いで生きている」と言うロシウ。
「グレン団の強さはシモンだけじゃない。」と思うギミー。巨大なドリルの先端にシモンがいて、仲間や人間や獣人たちがその後ろに続いてドリルが大きくなってゆく姿をイメージするギミー。
カミナの蒔いた種は、シモンだけに引き継がれたのではなかった。今だから言えるけど、カミナとシモンだけで仲良くしてたらそんなのただのBLじゃん。
2人の絆が、他の仲間たちを動かし、広がっていく。カミナの遺志が、末広がりの流れになって、次の世代へと受け継がれていく。
小説4巻では、カミナの出番はTV版と同じで多元宇宙のシーンにしかないのに、いたるところにカミナが感じられた。シモンやヨーコだけでなく、リーロンもヴィラルも皆、カミナを想って戦っていた。
■今だから言えるけど(笑)、TV版第4部のグラパール隊の扱いに、ものすっごく不満がありました!!!!!
顔も名前も出ないまま死んでいくだけ、キタンたちに「ヒヨッコたちを守る」という見せ場をつくるためだけに存在しているようなグラパール隊が!
小説版では、宇宙に出たのはギミーとダリーだけになった!!!
グラパール隊は残って地球を守ることになった!!!
あーよかったよかった。ついでに、グランゼボーマが地球を狙うところでただ見てるだけのTV版ロシウにも不満があったので、きちんとグラパール隊にスクランブルをかける小説版ロシウに激しく納得した。だって地球を守ると言ったならそのぐらいするだろ、ふつう。
■さらについでに、ギミーとダリーが一緒に行きたいと言って、年長者たちと話し合うところが、すごくすごくよかった!!!
ロシウが本当は一緒に行きたいのをシモンが察したり。ギミーとダリーがロシウを味方につけたり。シモン、ロシウ、ギミー、ダリーのつながりって、実はTV版ではほとんど描かれてなかったので、なんだか意外だった。
でも何より一番個人的にハマったのは、ダリーがキタンを後輩扱いするところ!!!!!
もう、二重の意味で楽しかった。
あの、ぬいぐるみ抱えたジト目幼女が、大グレン団の男どものことを「後から来たくせに大きな顔しやがって」と考えていたのかな? なんて想像すると、可笑しいし。
大グレン団になる前の「グレン団」時代、カミナが生きていた頃をダリーはずっと大事に胸に抱えていたのかな、と思うと、ぐっとくる。
単に、宇宙へ出たいがためのヘリクツなのかも知れないけど(笑)。
そしてダリーにムキになって皆に苦笑されるキタンがたまらなくいい。
■ゾーシィの過去エピソード追加、ギミーとジョーガン&バリンボーのエピソード追加、愛妻家マッケンさんなどなど、キタン以外の大グレン団の男どもにもついにスポットが当てられた!!!
子どものようにはしゃぎ回る楽しそうな男達の姿に涙。
いや、のたうち回る巨龍と格闘して、アーテンボローもそこにかんで、血を吐くようにシモンが叫んで、5人の思いが一致して……って、うわなにこれなんでこれ螺巌篇でやってくれなかったんだっ!!!!! 見たかったっ!!!!!
■キタンたちが折にふれ、この7年間の自分たちのふがいなさを反省する。「この七年うだうだやってた俺達だったが、最後に自分を取り戻せた。」ってキッドが言う。
シモンもロシウもキタンたちも、それぞれが反省して、その上で新しい道をつかもうと立ち上がる。古い道に戻る(1・2部の昔に戻る)ではない。
もう、そこんとこだけで涙が出る。
■「宇宙にでっかい裸の女」にヨーコが激怒!
ヨーコとニアの、女の友情!!!
そうだよね、女の人は怒るよね「宇宙にでっかい裸の女」って(笑)。グレンラガンは男の物語だと思っていたから、ちゃんとここで女の人の視点が描かれて、びっくりした!
■ヴィラルが何のためにグレンに乗っているのか、反発するギミーに説明する形で紹介された。そして、きちんと「螺旋力を持たないが故に」ヴィラルが活躍する場面も描かれた!!!
「俺は宇宙一打たれ強い男だ!」は、アーテンボローの「銀河一危険な砲手」と並んで、今回のツボでした(笑)。
■天元突破の名乗りの前に、これまでの合体の名乗りが繰り返されるところ。
このへんは小説という形式ならではの感動でした……
■TV版で、キヨウとキヤルが空を見上げながらダヤッカとシモンを応援するところが、すっごくすっごく納得いかなかった!!!!!
「お兄ちゃん」はどうした! まだ死んだこと知らないはずだろう!
この不満が小説版で解消されて、ほんとに泣くほどうれしいです。
■ニアがやがて消滅することが、皆に知られている。わかった上で、みんな、結婚式に参列していたんだね。だからそれほど泣いたり動揺したりしなかったんだ……
■TV版で、泣いている三姉妹やレイテ一家の前で、ウェディングドレスに歓声をあげるニアにかすかに違和感があった。
でも小説版ニアは、地球に帰ってからの貴重な時間を、人々への謝罪に当てていた!!!!!
「貴重な時間をそんなことに使わなくてもいいという世論もあったが、もちろん彼女はそんな言葉に耳を貸すことはなかった。」という文章に泣いた……。ああ、ニアだ……。
■TV版ではギミーに託されたコアドリルが、ロシウに渡された。
シモンの旅立ちは、TV版だと唐突な感じだったが、小説版ではシモンとロシウは事前に2人で何度も話し合っていた。
TV版だとシモンはやっぱりロシウを嫌っているのかなと思っていた。
今回、小説版で改変されて一番深く納得したのはここだった。
「1・2部の流れが3部で否定され、また4部で前半の流れに戻る」。
TV版はそういう物語に見えなくもない。
でも、じゃあなんで「女も宇宙も救う」と言いながら、ニアを助けられないんだ? 犠牲は必要と言うロシウ路線を否定しておきながら、キタンたちを殺すんだ?「無理を通して道理を蹴っ飛ばす」と言いながら、死んだ者達を生き返らせる道を拒むんだ?
そのへんが、納得いかなかった。
でも第4部は、3部を否定して前半に戻るのではなく、3部を乗り越えてさらに先へ進む話だった。
コアドリルがシモンからロシウへ渡され、ロシウももっとふさわしい者に渡すと誓うことで、第1部、第2部、第3部、第4部が、きれいにひとつになった、と思った。
一本、筋が通った。そう思った。
上から下へ、下から後へ、そして後の両脇には右左。横や近くにいる大事な人、多くの仲間に支えられ、進んでゆく大きなひとつの流れが見えた。
先端は細いが、後に行くにつれ太くなってゆく、ギミーのイメージしたドリルの形。
カミナに端を発した流れが、末広がりの大河となって次世代へ続いてゆく。
ヨーコがキタンに言う「シモンが上から引っ張って、あんたが下から押し上げて、そうやってここまで来れた」も2人だけの会話ではなく、ギミーが「僕もそう思いますよ」と賛同し、後にキタンがギミーに言う「後ろにお前らがいるから前に進めるんだ。シモンが上からひっぱって俺が下から押し上げてるとすりゃあ、それは俺の背中をお前らが押してくれてたからだ」につながってゆく。
■そして最終章は、TV版の「誰でもないか……」と自嘲する男と人の話を聞かない坊主(笑)の話ではなく、水汲みに苦労している村に黙々と井戸を掘り続ける男と、その仕事を熱心に見ている少年ボキーの物語。
グレンラガンにあこがれるボキーは、男と一緒に満天の星空を見上げる。その視線の先には星々と、ヴィラル艦長率いる超銀河ダイグレンと、ギミーとダリーが操るグレンラガン、グラパール隊。
TV版で、ある意味主役というべき「グレンラガン」が、最後結局どうなったのか、よくわかんなかったんですっ!!!!!!!!!!
消えたのか? 壊れたのか? 地球に帰ってこられたのか?
ギミーがコアドリル下げてたけど、ギミーが乗るのはグラパールだよね???
でも、小説版で、ちゃんとオリジナルの「グレンラガン」が残っていて、ギミーとダリーが操縦者になったんだということが、はっきり確認できて、よかったぁ……
(訂正:最終話Cパートを見直したら、ギミーとダリーが振り返って見上げたのは、ちゃんとグレンラガンでした。「グレンラガンがいっぱいある」という言葉に惑わされて勘違いしていました。すみません)
……今のところもう、思い残すことはありません。
しばらくこの満足感を噛みしめていたいと思います。
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