忍者ブログ
アニメ『天元突破グレンラガン』について、個人があれこれつづるブログです。オフィシャルとは関係ありません。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2回目見てきました。
よかった〜! 普通に感動出来た!(泣)

前回はあまりの感動出来なさに愕然、呆然でしたが、今回は最初から「これは●●●●たちが●●ない多元宇宙の話!」とよ〜く自分に言い聞かせてから行ったので、大丈夫でした(^ ^)V
ほんと、多元宇宙って便利だな!

一緒に行ってくれた人たちも「おもしろかった」と言ってくれたし、前回笑えなかったハッキングのシーンも、隣の人が大笑いしているので、こちらもつられて可笑しくなってきて。

「完」が出たとき、(他の人が誰も拍手していなかったので)こっそり小さく拍手しました。
あ〜面白かった、グレンラガン好きでよかった、この作品に出会えてよかった、と、素直に思えました。

よかった〜……自分が普通に(いつも通りに(^ ^;))感動出来たことに感動だよ(笑)。

自分のように「●●はずだった●●●●たちが●●なかった」ことにショックを受けて螺巌篇を楽しめなかった人は(他にいるんだろうか?(^ ^;))、ぜひ、あきらめずにもう一度、劇場へ足を運ぶことをお勧めします。そこさえ最初からわかっていれば、その他のドラマに集中出来ますから。

以下ネタバレ含む感想です。ご注意ください。
長くなるので分割します。3部相当部分まで。4部以降相当部分は後日アップします。

今回はヨカッタ感想なので、ご心配なく(^ ^)






■冒頭、ラゼンガンがまったくカットされて親父とラガンの殴り合いからかよ! と驚きましたが、ちゃんとラゼンガン戦も「しょせんガンメンなどこんなものかぁ!」も入っていて安心。ただ、時系列があっち行ったりこっち行ったりするのと、同じシーンが何度も出てくるのは、ちょっと不満でした。「尺がないのにもったいない!」と思っちゃった。

■ニアがカミナに語りかけるナレーションはとてもよかったです。
「拝啓」は入れないで「カミナさん」だけでいいような気もしますが(笑)。
17話冒頭のロシウのナレーションと比べると、あまりの温度差にふきました。BGMといい。
同じシーンが、なんて楽しそうに見えるんだ。

■語られなかった「空白の7年間」の追加はよかったですね。今回一番うれしかったかも。
そしてアニキ像の制作過程については、大掛かりな工事で作った(TV版)、シモンは原型を彫った(小説版)、シモンが一人で一刀彫した(中島さん発言)とバラバラでしたが、今回の劇場版で、「シモンが一人で7年かけて彫った」に決定ですね!(笑)
政治はロシウにまかせっぱなしで、喜々としてアニキ像彫ってたんですね!(笑)

■どこでタイトルが出るかと思っていたら、アニキ像のところだったのに笑った。

■ニアがロシウを「ロシウさん」と呼ぶのに違和感。
でも、中島さんは登場人物同士の呼び方に頓着しない人です。キノンに「キタンさん」と言わせたり、アーテンボローに「ロシウさん」と呼ばせたりしてますから。
最近の若い人の漫画・アニメなどだと、人と人との距離を表すのに「どういう呼び方をするか」がひじょうに重要視されている印象があるんですが、これはほんと、世代的な差だと思います。中島さんの世代はまだ、そんなことに神経質にならずにすんでいた時代だったと思うので。

■プロポーズシーンと、その後のキヨウ&キヤルとのシーンがそのままで嬉しかった。キヨウは出産後になっていましたが(笑)

■そして、電話ではなく、直接会ってプロポーズの返事をするニア。
ここで「人はそれぞれ、自分は自分」という、TV版の頃からずっとニアが言い続けてきたことが改めて語られる。そう、ニアは、大きすぎるアニキの影から抜け出せずにもがいていたシモンに、それを告げるために、この世界に来てくれたんだよね、きっと。

■そしてニアの夢が語られる。
ニアの目の中の花、棺に入れられていた花、螺巌篇の主題歌、土を掘る主人公、前半の、何もなかった荒野の世界、世代交代、散っていくものと後に残るもの。
それらのすべてがひとつにつながり、エンディングにつながる、すばらしいセリフの追加でした。

■月に浮かぶ顔だけのアンスパさんはやめてほしい。後で多元宇宙のところでも出てきたけど。そもそも螺巌篇のスタンプカードのスタンプが、アンスパさんの顔というところでもうお茶目キャラになっている。マスコットキャラはブータでいいから! ブータの存在危うし。

■TVシリーズをいったん頭から消去して、まったくはじめて見る映画のつもりで行ってきたら、TV3部相当部分が、ものすご〜くわかりやすくなっていることにあらためて気づきました。TV版で不満だった、逮捕〜牢獄あたりのシモンの心境がしっかり描かれていました。

■カミナシティ火災で呆然→市民暴動を見て「これが俺の戦ってきた結果なのか」→裁判で「アニキならこんなときどうする」→監獄で囚人たちにリンチされる→独房へ入れられるという一連の流れが、途切れなく続いたのがすごくよかったです。
しかもその間、シモンが一度も抵抗せず、ずっと無気力なままというところがよかった!
途中でロシウを責めたりヴィラルと殴り合ったりすると、そこまで抵抗しておきながらなぜ脱獄の努力をしないのか、「やったな、ロシウ」と言ってしまうのか、不自然に感じていました。

■劇場版シモンは、独房でヴィラルに自分の心情をわかりやすく告白しています。
自分の中の力が暴走しそうになって怖くなって押さえたこと(ここでちゃんとロージェノム戦の回想が出てきて、自分がロージェノムのようになってしまうのではないかと恐れていることがわかる)、だから逮捕・収監に抵抗しなかったということ、ロシウに任せた方が人類を救えると思ったから任せたということを、はっきり言葉で説明してくれます。

■さらに監獄が、地下深くに設定を変えられていたのは上手かったです。
地上に出たのが間違いだったと知らされ、こうして元の地下に戻るのが自分にはお似合いだと自嘲するシモンは、ちょうど紅蓮篇冒頭の状態に戻ったことになり、構成的に上手いなぁと思いました。

■そして立ち直りも、わかりやすかった。「ロシウに任せた方が人類を救える」と思っていたら、ニアがわざわざ「ロシウには人類も自分自身も救えない」と教えにきてくれる。そこでTV版のように「ニア、お前はそこまで……」とプルプル震えたりせず、「殺せるものなら殺してみろ、俺は死なない!」(すみませんここのセリフうろおぼえ)とキッパリ対峙するシモンがいい。
結果的にはヨーコやキタンが助けにくるけれど、その前にシモンがちゃんと一人で立ち直ってくれていたので、TV版よりずっとスッキリ納得出来ました。TV版だと「ヨーコが来てくれて状況がよくなってからじゃなきゃ立ち直れないのかよ!」と思ってしまったのでしたが。

■TV版だと、その前にシモンとロシウが激しく対立したり、ヨーコもロシウに「ふざけないで」と言うので、ニアより月より先にアークグレンを助けに行くのか変な感じだったけど(まぁアークグレンにはロシウ以外の仲間も乗っているわけだけど)、劇場版では「月を止めなきゃ」ではなく「ロシウたちを助けなきゃ」とはっきり言うのがよかった。

■さらに、黒ニアの攻撃から、ヴィラルがシモンをかばうので、その後のヴィラルの仲間入りもすんなり納得出来ました。

■人口の話が削られたのは、3部のシビアさに惚れこんでいる自分としては残念ではありましたが、「地上へ出ようとしたシモンとカミナが災厄の張本人」ということが強調されたので、よかったです。「百万匹の猿が地に満ちたとき」だと、地下に住む人を無理矢理地上へ引っ張りだしていたロシウが張本人、ということになってしまいますから。それだと「悪いのはロシウ、ロシウの政策に怒っていたシモンは善い人」になってしまう。

■主人公とこれまでの戦いが「間違いだった(!?)」というのが3部のどんでん返しの最大のポイントだと思っているので、ロシウでなくシモンが悪者扱いされている劇場版の方が、納得出来ました。
「シモンはかつてのロージェノムと同じ」も、敵対しているヴィラルやロシウでなく、あくまで味方であるダヤッカとキタンのセリフの中で言わせたのもよかったですね。
市民たちも、TV版の苦情電話殺到では、単なるわがままで身勝手な人たちに見えましたが、酒場で大グレン団が直接ののしられるシーンの方が、市民の言い分ももっともだという感じがして、よかったです。

■TV版第1稿で削られた、月が人型に変形してアークグレンラガンがその手の先を止めようとするシーン、ちゃんと劇場で見られてよかったあ!
あと、TV版でがっかり・小説4巻で補完されて狂喜乱舞した、アークグレンラガンの「避難民18万人乗せたまま月の内部に突っ込む」も、劇場で生かされました!
あそこまでためにためて(つまり3部いっぱいかけて)実現した「アークグレンラガン」を、ギミーとダリーにあっさり渡しちゃうところが、すごくガッカリだったので。
そう、そのまま突っ込んじゃえばいいんだよ!

■シモンとニアの会話は、TV版より小説版に近くなっていてうれしかったです。
ちゃんと「お前の悲鳴に気づいてやれなくて、ごめん」って、謝ることのできるシモンがいいんです!

■歯ぁ食いしばれパンチがなくなったのは残念でしたが、紅蓮篇でアダイ村がなくなった時点で、ないだろうと予想していたので(むしろ螺巌篇予告に自殺未遂シーンが入っていたのに驚いた)、自殺未遂は入れるんだ〜と意外でした。劇場版ロシウはそれほど悪人ではなかったので、わざわざ死ぬ必要ないんじゃないかとも思いました。

■でもシモンのロシウに対するセリフは、劇場版の方がしっかりしていましたね。
TV版だと「ロシウにあれだけ苦労を押しつけておいて、自分は最後に来ていいとこだけもってったくせに、えらそうに説教してるよ!」だったし「結局またカミナの真似かよ!」でもあったし、何より「間違い」発言に引っかかっていたんだけど、今回はキノンが渾身の力をこめて「ロシウは悪くない」と主張していましたね。
「それを罪というなら罪のない人間などこの世にいない!」(ごめん、ここもうろおぼえ)

■あと、TV版では「ロシウ、お前が必要だ」と握手しておきながら、そのすぐ後「いや、俺よりもっと必要としている奴がいるか」とキノンにふっちゃうんだけど、劇場版ではキノンの後で「俺たちはまた同じ道を行けるよな」(うろおぼえ)と握手するので、ようやく2人が信頼関係になれたというのが、わかりやすかったです。

■いったん地球に降りず、避難民だけを超銀河グレンラガンから下ろすのもよかったですね。
ダヤッカさんとキヨウのシーンが残っててよかった……! キヤルの「男ってみんなバカ」はなくなっちゃったけど、皆にエールを送るキヤルが追加されてよかった。

■スペースガンメンを作ったのはレイテさんではなかった。ここも小説版の設定の方が自然な感じで納得出来たので、よかった。

■ギミダリと大グレン団の大人たちとの会話、ヨーコとキタンなど、このあたりは小説の方に近くて、よかったです。

その2へつづく)
PR
ABOUT
このブログについて
CALENDAR
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
SEARCH
忍者ブログ [PR]